とある青年の

流行性感冒(ぇ
ちなみにフィクションであり、実在の人物等とは関係ないと思います。

「風邪でしょ?」
「何ノコトデセウ?」
 詰め寄る女に、彼はかなり棒読みに近い形で返答する。
「大体、馬鹿は風邪はひかないんだぞ? お前俺がバカでなく見えるんかよ?」
「見えないわよ?」
「即答されるとそれはそれで悲しいっ」
 ぐぎゃあと、痛む頭を抱えながらのけ反る。今彼が頭が痛いのは風邪のせいか、それとも別の何かのせいか。
 考えるとさらに頭痛がひどくなる気がして、青年は思考を放棄した。
 彼は、世間一般で見れば幸せな部類に入る人間なのだろう。確かに、風邪のときそもそも心配してくれる人間がいるということ自体が恵まれている。それは彼自身も認めていることだ。
 しかし、
「看病するから大人しくしてなさい」
「それは、素直に殺されるのを待てと?」
 そこが問題だった。看病を申し出る少女は、情操教育をしっかり受けてきたお陰か感情豊かで深く考えることに長け、威厳と気品を他人より遥かに持ち合わせているのだが、一方でお嬢様気質が根強く、意外なところで常識というものに欠けるところがある。しかも厄介なことに、彼女の非常識は大抵致命的な事態を誘発する。青年の眼前で、酸系と塩素系の洗剤を何の疑問もなく混ぜて、狭いアパートの一室を市営プール的な匂いで満たしてくれたのは記憶に新しい。
「大体よ? お前は……」
「……いいじゃない」
 割り込んできた言葉に、いやーな予感がした。幾度となく繰り返された既視感。
「私は、翔くんのパートナーなんだよ? 心配するのは私の特権なんだよ?」
 そうくるかやっぱり!? と、彼は叫びたい衝動をなんとか抑えた。確かに、目の前の黒髪ストレートロングの少女は、自分を心配してのこの言動なのだ。
 それが確定してしまっては、彼にどうすることもできない。彼のキャラクター的に。
 青年は、ため息と共に呟いた。
「しょうがねーなぁ……」
 要はこの青年は、そういうキャラクターなのだった。